1942年-1949年

戦中戦後の代燃車「ニッサン90型」(1942年)

 

戦時中はガソリンが手に入りにくかったため、バスは薪・木炭・コーライトなどをバスの後部に積んだ窯で燃やしてガスを発生させ、そのガスを噴射してエンジンを動かしました。これを代燃車といいます。このバスは1942年製の日産のセミキャブ式バスですが、やはり背後に木炭ガス発生炉を搭せています。代燃 車は戦後もしばらく使用されました。

戦前型ボンネットバス「フォードV8型」(1943年)

 

戦前は一般のバスは外国製が主流でした。中でも量産されたフォードV8型は中型サイズが好まれて全国的に活躍しました。ボンネット付近のスタイルが流線 型になったのが特徴で、ボディもそれに合わせて丸味を帯びています。ボンネット部分のグリルの形には製造時期によって若干の違いがあります。戦時中の資材不足から窓枠のないところが見られます。

アメリカ軍払下車「G.M.C」(1947年)

 

戦後すぐの車両不足をしのぐため、政府は進駐軍に働き掛け、軍用車の払い下げを要請しました。こうしてG.M.Cやダッヂの軍用トラックやアンヒビアン の水陸両用車がバス会社に払い下げられ、バスの車体を国内で装架して各地で活躍しました。このバスは1947年に造られたG.M.Cの2.5t軍用トラックを改造したもので、後輪が2軸になっているのが特徴です。

ディーゼル化改造車「日産180型」(1948年)

 

戦前までバスはガソリンエンジンが主力でした。戦後はガソリン不足や、軽油の方が燃費がよいことなどから、次第にバスはディーゼルエンジンの時代へと変 わりました。このため、京王ではガソリンエンジンをディーゼルに載せ換える改造を実施、これは日産のガソリンバスをベースとし、民生(現在の日産ディーゼル)のディーゼルエンジンに取り替えたものです。ボディも戦後すぐの簡素なつくりです。

トレーラーバス「日野T13B-T26」(1949年)

 

戦後の利用者の急増により車両の大型化が進められました。トレーラーバスはその具現化の一例で、日野が1949年に開発したものです。トレーラー部分が 客室で、車掌が2人乗務し、最大乗車定員は96人、トラクタを含めた全長は13.9メートルに及びました。京王では、このトレーラーバスを1949年に東京都と相互乗り入れで開設した新橋~下高井戸間に投入し、その大量輸送性をいかんなく発揮しました。戦後のバスのシンボルのように活躍したトレーラーバスも、次第に機動性や汎用性の面で問題が生じた上、単体のバスの大型化が進んだことから、1950年代には主役の座を降りたのでした。