1960年-1965年

最初のワンマンカー 「いすゞBA741型」(1960年)

 

女子車掌の採用難がきっかけとなって、京王では全国的にも早い1960年4月に八王子市内でワンマンカーを採用、以後路線バスのワンマン化が進められま した。このバスは同年に高幡不動~多摩動物公園間に入ったいすゞの9mサイズのリヤエンジンバスで、前・中2ヵ所に折戸のドアがついたタイプでした。車掌が乗っていないバスということで「ワンマンカー / 無車掌バス」と表示されていました。

高速デラックスバス 「ふそうMAR870型」(1965年)

 

当時最高級の冷暖房つきデラックスバスが観光バスとして登場しました。三菱が開発した220馬力高出力エンジン搭載のシャーシに、当時川崎航空機工業が 高速用軽合金車体として開発した流線型ボディを組み合わせもので、正面スタイルから「オバQ」の愛称で呼ばれており、全国でも京王の3両のみという希少価値のあるバスでした。なお、軽合金の地肌に各車両ごとに、赤・青・緑・のラインが施され、ひときわ目立っていました。

ワンマンカー 「日野RB10型」(1965年)

 

1960年代半ばになると、路線バスは中ドアに広幅引戸を採用したリヤエンジンのワンマンバスが主力になりました。しかし、日野が開発した後部床下にエンジンを搭載したリヤアンダーフロアエンジンバスも多数導入されています。帝国自動車工業(現日野車体)が装架したこのボディはフロントガラスを下に拡大、アメリカのGMのスタイルに通じる斬新な視野拡大窓を採用しています。

ワンマンカー 「日産ディーゼル4R104型」(1965年)

 

1965年頃から新製路線車両はすべてワンマンカーとなりました。いすゞ・日産ディーゼル・日野・三菱の4メーカーを採用、写真の日産ディーゼル車は府中営業所管内で活躍しましたが、1971年を最後にしばらく日産ディーゼル車は入らなくなりました。当時のワンマンバスの車内は三方シートと呼ばれる長椅子で、前ドアの直後だけが前向き一人掛けシートでした。