1972年-1979年

3ドアワンマンバス 「日野RE140型」(1972年)

 

乗降時間の短縮と大量輸送を目的に、前・中・後にドアを設けた11m級3ドア車が投入されました。終点などでは3ヵ所全部のドアから一気に降車できるた めラッシュ時に好評でした。3ドア車は全国的にもめずらしく、京王では同時に前ドアの広幅化も実施しています。この頃都内で系統番号が採用され、京王では俗に「弁当箱」と呼ばれた電照式の表示器を正面に付けました。

初の冷房付路線バス 「ふそうMP117N型」(1976年)

 

路線バスのサービス向上の一環として1976年7月、初めての冷房車が導入されました。京王は関東の通勤電車で初の冷房車を採用したことで知られていますが、バスも都内では初のことでした。冷房用のエンジンを別にもつサブエンジン式で、試作的要素が強く、屋根の長いダクトや後方に開く中ドアなど特殊な車両でした。なお、1975年度から路線バスのカラーがクリーム地に朱帯のツートンに変更されています。

ワンマンバス 「ふそうMR410型」(1977年)

 

このバスはバスの乗りやすさ向上を目的に導入された都市型低床バスと呼ばれるタイプです。もちろん現在の低床車に比べればとても低いとは言えませんが、当時としては床の高さを80数㎝程度まで下げたのは画期的でした。ベストセラーのふそうMR410型の最終タイプで、窓は上下幅が拡大され、アルミサッシ 2段昇降式のタイプが標準になっています。

ワンマンバス 「ふそうMP117K型」(1979年)

 

MR系の後継車種として登場したのがMP系の路線バスで、このシリーズは京王にも多数導入されています。京王では路線のロケーションにあわせて3種類の長さを採用しています。このころ三菱ふそう車は永福町と多摩の2営業所で活躍しました。1978年から路線バスの冷房車はエンジン直結式となり、100%冷房化は1991年に達成しました。

12m級観光バス 「ふそうMS513RA型」(1977年)

 

中央高速道路の開通にともなって富士五湖線に導入され、活躍したふそうB9系の後継シリーズとして登場したのがこのMS系です。この時期から12m車が採用され、定員は補助席とも60人を確保しています。当初は観光貸切バスとして使用、のちに中央高速バスにも入るようになりました。カラーはクリーム地に帯は朱、スカイブルー、ライトグリーンの3パターンありました。